Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “氷雨の晩に”
 


  ――― 冷たい雨の音がする。

砂利を黒く濡らす氷雨が、
いつからかも定かでないほどのずっと、降り続けており、
時折吹き付ける強い風に撒かれては、細かいしぶきをこちらへも寄越す。
ぎゅうと思い切り体を縮めるようにしてやっと、
直接には濡れないというほどの、
さして幅のない軒下なので、それ以上は避けようがなくて。
目の先に時折、思い出したように一気に伝い落ちて来る雨水があって、
庇の縁の途切れからのそれだろうと、
判っていても何の足しにも救いにもなりゃしない。
お腹も空いてたけれど、でも、体を濡らすと暖を取るすべはなし。
となると、そのまま病を呼ぶ可能性は大きくて。
こういう時はどっちを優先すべきか重々考えて行動しなくちゃいけないと、
ちゃんと教わったから、その通りにしなくちゃなと、
見るものとてない目の先、濁った水たまりをじっと眺めて我慢する。

“もう少し雨脚が緩んだら、町外れの空き家に行ってみようか。”

元は随分と由緒ありそうな、だが、
今現在は根太や軒の傾きかけた空き家や廃屋。
都の端には結構あって。
自分と同じ、寄る辺なき子らが、
雨露しのぐためにたむろしていたのを思い出す。

“けどな。何だか偉そうな大人が仕切ってやがったしな。”

別にそいつの持ち家でもなかろうに、
腕力任せに浮浪児たちを追い回したり、小遣い稼ぎを無理からさせたり、
そこまでやるよな悪どい奴らがやって来ることがある。
それに辟易して、もっとずんと外れまで出たそのまま、
戻る力が尽きて蹲ってたところに、

  ――― あのおじさんが、通りすがったんだっけな。

蟲の精霊、邪妖なんだと自分から白状して。
野辺で生き延びる知恵とか工夫とか、一杯教えてくれた人。
ちょっとした“まじない”も教わってて、
そん中には、人の体のあちこちのツボっての、
押したりさすったりすると具合がよくなるって術もあったんで、
顔見知りの年寄りにご奉仕してやって小遣いもらったりもしてるしさ。
俺には精霊が見える才能とかいうのもあるからってんで教わった、
召喚の陣を空に指で描いて、
暖ったかいのとか涼しいのとか、ちょこっとでいいなら呼べもする。
それを使っての見世物を飲み屋でやったら、
煮物を食わしてもらえたし、ご褒美ももらえた。
おかげさんで困らなくはなったけど、でも…。

“………。”

何だか、詰まんねくて。
お前は毎日が昨日の続きなばっかだからだぞって、
工部んチのムサシが説教半分に言ってたけど、
それはしょうがねぇじゃんか。
だって…あのおっちゃんには、きっともう逢えねぇんだ。
精霊だって言ってたし、ホントにすぅって消えてったもの。
そんな不思議に、そうそう かち会えるはずねぇじゃんか。
きっと探すからなんて言ったけど、
きっと逢えないに決まってる。世の中なんてそういうもんだ。
色々と知恵をもらったの、せいぜい支えにして、
それなりの長生きをすりゃあいい。
それが分相応ってもんなんだよ………。





            ◇



「……………。」

ぱちりと眸が開いたことにさえ、気がつけないほど呆然としたままに。
未明の夜陰が垂れ込めてる天井を見やる。
大戸を閉め込んだ庭の方からは、
しとしととこぬか雨の雨脚が聞こえて来ており。
時折 雨脚が激しくなるのか、それとも強い風のせいで撒き上げられるのか。
ばたばた・ばらばらと大戸を堅い音にて叩くので、
それがとうとう若主人を起こしたという案配なのだろう。

“うわぁ〜、何か凄げぇ生々しい夢だったよなぁ。”

肩先が冷えているからかな。
雨音も潜り込んで来やがったに違いない。
さすがの俺様でも、眠ってる時くらいは多少警戒が緩むから、
ここぞとばかり、小さいのが悪戯を仕掛けて来やがったのかもな。
それというのも………。

「……………。」

衾の中で身を起こし、
身体に掛けてた掻い巻きをごそもそと手繰り寄せ、
なのに温かくならないことへと舌打ちをする。

  ――― 溜息をついても独り、

寝間が広くて詰まらない。誰もいなくて詰まらない。
あまりに強い風と雨だからって、
冬眠に入ったばかりの仲間たちの様子を見に行って来るんだと。
まこと、総帥様は大変であそばされる。
そんな不平をしこたま並べ、やっと寝入ったのに、
こんなすぐにも目が覚めてしまったのが、かてて加えて腹立たしい。

  ……………と。

夜陰の中から滲み出して来た気配があって、
仄かに まとうは、冬の夜気。
清かでなめらかな、薄氷を織り込んだ絹みたいな感触と匂いと。

  ――― お早いお帰りで。
       なあおい、そんな拗ねんなよ。
       誰〜れが拗ねてるってぇ?
       じゃあ何で、こっち見ねぇんだ?
       ………………。

冷たいのは御免だと眉を尖らせたものの、
なのに、触れてほしいと背中は正直なもんだから。
長い腕でくるみ込まれると、しみじみとした吐息が洩れる。
びろうどのつや、広げたみたいな腕の中は、星さえ見えない闇に満ちて。
彼しか見えぬ世界に、雨音も聞こえず、
なのに、どうしてだろか。
その闇がそりゃあ優しくて温かい。
今だけ甘えて、今だけ凭れて、こそり、夜の底に雲隠れ…。




  〜Fine〜 06.12.26.


  *こちらでも雨が降ったり風が吹いたりしておりまして。
   でも、何ですか、関東では“氷雨”じゃあないらしいですね。
   温かいんですってね。
   ちちち、しまった外したなぁ…。


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